植物学者牧野富太郎博士の業績を紹介展示する牧野植物園が、ここ高知市五台山にあります。

 

 

 

 

 

 

 

巡礼四国八十八ヶ所の第三十一番札所竹林寺と隣り合わせにあり、

歩き遍路の巡礼コースでは、民家の細いへんろ道を歩いているとそのまま牧野植物園に入り込んでいて、

気が付けば植物園の観光客と一緒に園内を歩いて出てしまいます。(;・∀・)

 

 

 

 

 

 

 

かつて、弊社代表も7年前に歩き遍路へ出発し、この道を歩かせて頂きました。ありがとうございます。合掌。

さて、ここに553㎡(167.28坪)の土地の売却のご依頼を頂きました。

弊社が普段お預かりしている古民家付きの土地にしてはこじんまりとした広さです。

しかしながら、ここは八十八ヶ所札所の近くで、弊社事業立ち上げの元となった有難いご縁のあるへんろ道沿いの物件です。

 

その山のすそ野に今回の売却のご依頼の物件は有りました。

なんと!古民家が残っているではありませんか!

 

 

 

 

 

 

 

 

築100年超えで、材木商のお家を移築して建てたそうで、部材は良いものを使っているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かれこれ十年以上空き家で放置していたそうで、ハクビシンやタヌキの運動場になっている様子。

アブラコウモリの糞も積もっております。

残念ながら、床下の状態が悪く、軒や桁に雨漏りによる腐敗が確認できましたので、

この古民家を再利用するには、大規模修繕になりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、大丈夫。古材に価値ありです!美しい艶のある柱の数々です。

古民家カフェやレストランのディスプレイに使われる本物の古材の柱や垂木は、とても高価で貴重なものです。

捨てずに、ぜひ大切になさってください。

 

 

そして、またまた!弊社、感嘆の声を上げてしまいましたのはこちら↓

美しい翡翠色に輝くタイル張りのお台所!

 

 

 

 

 

 

 

 

おおお!キラキラ、てゅべてゅべしてます~

昔はタイル張りは職人さんの手仕事でした。

今ではプラスチックのクロスを張るだけになってしまいましたね・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして!お釜戸さん!↓

 

 

 

 

 

 

 

 

昔の物って案外簡単にお手入れしたら使えるんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

隣の畑で取れたお野菜を土間続きでお台所に運んで調理をする。

昔暮らしをやってみませんか?

ううう、想像しただけで萌えます~~

 

タイルはそのままの形を残しての移築が難しいので、この土間の部分は解体せずに、別宅として残せればと思います。

 

さて、ここは霊験あらたかなお遍路道沿いの物件です。

ここの古民家を再生してお遍路さんのお接待をしてみるのも良いですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

お家の前は田んぼが広がっています。

静かです。

 

 

 

 

 

 

 

裏は、五台山竹林寺と牧野植物園のあるお山。

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、所有者様から大事なお話が・・・。

かつて、「本能寺の変」の残党が土佐へ落ち延びて来たという話。

高知県全体でちらほら噂されているお話だそうです。

所有者様のご先祖様は、明智家とゆかりのあるお方との事。

かの幕末の志士坂本龍馬は、明智光秀のゆかりの血筋ではなかろうかとの説。

 

 

そして、この物件の前の道は、地元では「りょうまみち」と呼ばれていたそうで、

龍馬が幼少期に、祖母の家へ遊びに行くときによくこの道を通っていたそうで、そう呼ばれるようになったそうです。

この物件の所有者様の歴史にまつわるお話を聞いて、ちょっと弊社も調べてみました。

 

そうすると、

明智の居城の坂本城の地名「坂本」を姓にしている。

坂本家の家紋は桔梗紋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明智家の家紋も桔梗。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ明智の残党が四国へ落ち延びたかというのは、

四国全土を平定していた「長曾我部元親」の正室は、明智光秀の重臣斉藤利三の親族で、利三は義理の兄にあたる。

本能寺の変の後、光秀と共に捕らえられ処刑された斉藤利三の娘「おふく」は、長曾我部元親が四国にて保護した。

このおふくは、のちの三代将軍徳川家光の乳母になった春日局です。

 

そもそも、事の発端である「本能寺の変」が、四国平定を成し遂げた長曾我部氏を

主君織田信長が討伐しようとしたまさにその直前に光秀が起こした出来事だったというところからして

当然、明智の残党は四国の長曾我部氏を頼って来てたというのは、可能性としては大きいと推測されます。

 

このお話を聞かせて下さった所有者様のお顔立ちは、

穏やかで、やんごとなきお方とお見受けいたしました。

隣にいらした奥様にも、おしとやかなお話の口調に、羨望の思いを寄せてしまいました。

 

この世は全てご縁でつながっている。

それは、歩き遍路を経験して体感した結論です。

 

敷地の石積みは石工によるものです。↓

 

 

 

 

 

 

 

 

駐車場もゆったりありますので、どうぞお立ち寄りくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

歴女炸裂した記事となりました。

この物件は、不動産情報ポータルサイトのアットホームサイトで「売り土地」として掲載しておりますので、

できれば、この古民家を再利用して頂きたく切に願っております。

 

Presented by どんぐり不動産